中山恒三郎の敷地は約5000坪あり、第二次世界大戦以前は、中山家の邸宅(母家)、書院(客殿)、中山恒三郎商店の本店、醤油工場、複数の蔵、「松林圃(しょうりんぽ)」(庭園と築山)があった。「松林圃」は第二次世界大戦の影響により戦前に閉園し、昭和30年(1955年)までには、中山恒三郎商店の本店は県道横浜上麻生線沿いに移転、醤油醸造業も終了した。平成27年(2015年)、川和保育園の敷地内への移転に伴う、中山恒三郎家敷地整備事業が開始。母屋・一号蔵等を解体、書院を移築し大修繕を行った。
現在敷地内にある「書院」と「店蔵」は平成30年(2018年)3月に「横浜市認定歴史的建造物」に、「諸味蔵」「煉瓦倉」「八号蔵」は「歴史的建造物の外構部分」としての認定を横浜市より受けた。
また、敷地整備事業に並行して、平成27年(2015年)から行われた公益財団法人横浜市ふるさと歴史財団による調査により、店蔵等から数万点におよぶ古文書・品物類が見つかり、多くの資料が横浜開港資料館・横浜市歴史博物館に保管され、令和4年(2022年)現在も、引き続き調査・研究が行われている。
書院が建築された経緯について、中山恒三郎家では次のように伝わっている。
「明治維新により体制が変わり、宮様が軍の演習場に視察に来られたが、近郊に適当なご宿泊所がなく、中山家に宿泊された。当時、書院はなく、母屋の仏間が最も良い部屋だったので、そこに宮様にご宿泊いただいた。翌日、宮様は『ありがとう』と言われ無事お帰りあそばされたが、その後、役所から『宮様を仏間にお泊めするのはいかがなものか。来年また視察があるので、それまでにしかるべきご宿泊所を準備するように』とお達しがあり、書院が建築された」
中山正美氏によると「その後、国内各地より100人の名工達が集められ、突貫工事で書院が建築された」と本宅には伝わっているそうだ。
構造・規模 | 寄棟造・木造、平屋建 |
建築年代 | 明治23年11月新築 |
店蔵は 戦後しばらくまで、カネマン中山恒三郎商店の本店として使用された。当時の中山恒三郎商店は建物ごとに扱い商品を決めており、例えば、呉服雑貨は県道沿いの建物(今のイエローハットの駐車場あたり)での扱いであった。店蔵は本店であり、酒類を扱った。
建築年代は横浜市都市デザイン室の調査では不詳であった。当家の本家筋にあたる「本宅」中山正美氏によると「本宅では、店蔵が敷地の中で一番古い建物と伝わっている。本体の南側の庇の一階の部分は後の増築で、ここに商品を並べようとしたらしい」とのことである。
昭和5年に店蔵は補修工事をしており(中山家作業日記より)、当時の写真は壁が白漆喰で美しい。ところが戦時中空爆から逃れるため、空から目立たないように壁にコールタールを塗り、平成30年(2018年)~平成31年(2019年)にかけての補修工事まで、白漆喰の壁は黒色をしていた。
構造・規模 | 切妻造・土蔵造・総2階建 |
建築年代 | 不詳 |
店蔵・書院のほか、敷地内には諸味蔵・煉瓦倉・八号蔵が存在する。明治期から昭和30年近くまで中山恒三郎家では醤油醸造も手掛けており、昭和10年当時の敷地内配置図には店蔵の裏側(現・駐車場エリア)に大きな「醤油工場」がり、現存する「煉瓦倉」は「醤油工場」の一部屋であった。醤油醸造停止により、醤油工場を解体した際に、煉瓦倉のみ独立した建物として残った。
煉瓦倉については、青木祐介氏(現・横浜開港資料館副館長)と坂上克弘氏(元埋蔵文化財センター所長)による「調査報告 『中山恒三郎家住宅煉瓦造倉庫』」(横浜市都市発展記念館紀要13号 平成29年3月31日)に詳しい。報告書によれば、煉瓦倉は醤油醸造に必要な「麹」を育てる「麹室」と推定し、「手抜き型」と言われる職人の手仕事により造られた煉瓦が多く使用されているなど、多くの報告がなされている。ご興味ある方は参照下さい。
平成27年(2015年)秋より、横浜開港資料館・横浜都市発展記念館・横浜市歴史博物館による中山家建物内の資料群についての調査が開始され、店蔵や解体された一号蔵などから数多くの資料が発見された。
横浜開港資料館「平成29年4月14日付記者発表資料」によると、「(前略)書院やいくつかの蔵に保存されてきた資料は、総点数が数万点に達すると思われ、これまでに所在が確認されてきた市域の旧家の所蔵資料と比較しても、これほどの量と質の資料群は数えるほどしかない。また、市域の旧家の資料には、高度成長や都市化の過程で散逸・廃棄されたものが多く、今後、中山家のような資料群が発見されることはないと思われる。
(中略) 上記の資料群は、現在、整理をするために、古記録・写真は横浜開港資料館、モノ資料の一部分は横浜市歴史博物館で保管し、公開に向けて整理が始まっている。整理終了まで10年以上の期間が必要であるが、整理できたものから順次、両施設において展示なので市民に公開していく予定である(後略)」とのことである。
■調査報告「中山恒三郎家住宅煉瓦造倉庫」 青木祐介氏・坂上克弘氏
横浜都市発展記念館 紀要 第13号 平成29年(2017年)3月31日発行
■「図説 都筑の歴史」の、「川和の菊園と秋光会」(相澤雅夫氏)(164頁~165頁)
編集『図説 都筑の歴史 編さん委員会』 発行 都筑区ふるさとづくり委員会 令和元年(2019年)11月9日発行
■ 『特集 旧家における資料発掘と現地展覧会 ―横浜市都筑区・中山恒三郎家の事例から―』 吉田律人氏
旧家における資料発掘と現地展覧会-横浜市都筑区・中山恒三郎家の事例から-. 神奈川県博物館協会会報91号 令和2年(2020年)3月31日発行
■資料紹介 翻刻 中山恒三郎家「営業簿」(昭和三年~四年) 小林光一郎氏
横浜市歴史博物館 紀要 第25号 令和3年(2021年)3月発行
■資料紹介 翻刻 中山恒三郎家「営業簿」(昭和五年~六年) 小林光一郎氏
横浜市歴史博物館 紀要 第26号 令和4年(2022年)3月発行く
■資料紹介 翻刻 中山恒三郎家「営業簿」(昭和7年~8年) 小林光一郎氏
横浜市歴史博物館 紀要 第27号 令和5年(2023年)3月発行
■中山恒三郎家資料と地域史研究の展望 ー横浜市都筑区川和町の近現代史を中心にー 吉田律人氏
横浜開港資料館 紀要 第38号 令和4年(2022年)3月発行
■江戸菊の近代 佐藤大悟氏
横浜開港資料館 紀要 第38号 令和4年(2022年)3月発行
この他、資料関連について以下の新聞記事にも記載されています。
①神奈川新聞 平成29年(2017年)4月29日付、
②読売新聞横浜版 平成29年(2017年)4月29日付、
③産経新聞神奈川版平成29年(2017年)5月16日付
④東京新聞横浜版 平成29年(2017年)5月20日付
また、横浜市認定歴史的建造物関連の資料(記事)としては、以下に記載があります。
①神奈川新聞 平成30年(2018年)4月10日付
②東京新聞横浜版 平成30年(2018年)4月12日付
③「都市デザイン横浜ー個性と魅力あるまちをつくるー」の235頁
企画・編集 横浜都市デザイン50周年事業実行委員会、横浜市都市整備局
令和4年(2022年)3月5日初版発行